あまたの心は成長したがっている?
スイスの精神科医にして心理学者でもあるカール・グスタフ・ユング(1875年-1961年)によると、年齢いかんに問わず「心は成長したがっている」そうです。
こう書くと、「いや、俺は成長なんてしたくないし」と反論する方や「わたしの性格は、子どもの頃からまったく変わってないんですけど」と疑問に思う方がいらっしゃるかもしれません。
もちろん、心の成長を望まない人がいてもおかしくありませんし、長年にわたって培われた習慣や考え方のクセは、簡単に変わるものでもありません。ただ、心は成長したがらなくても、あなたを取り巻く環境は確実に変わります。そして、環境が変われば心は環境に対応しようと変化を余儀なくされます。その変化は「自分らしくありたい」という無意識の願望のもと達成されるため、あなたが成長を望もうと望むまいと、あなたの心は成長していくのです。
ですから、「成長なんてしたくないし」と考える方や「子どもの頃から、性格がまったく変わっていない」と思う方は、もしかしたら人生のなかで対面する大きな転換期を経験していないだけなのかもしれません。もしくは、転換期を迎えていても、環境にさほど大きな変化がなかったり、自分でも気づかないうちに環境に順応していたりして、心の成長に気づかなかった可能性も考えられます。
心の成長を余儀なくされる転換期とは
ユングは、人間の一生のうちで大きな転換期が3つあると言っています。その3つの転換期とは、①少年から青年に変わる時期、②青年から中年に変わる時期、③中年から老年に変わる時期です。
なかでも、人生の折り返し地点にあたる②青年から中年に変わる時期は、いわゆる「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」と呼ばれ、もっとも大きな変化が生じやすい時期です。たとえば、職場でのポジションが変わり、リーダーとして部下のまとめ役を期待されたり、家庭では子どもが巣立ち、親としてのアイデンティティが揺らいだり、夫婦二人の生活に変わって互いの関係を見直さなければならなくなったり、もっといえば、体に変調をきたして若い頃のように無理ができなくなったり。変化の大きさや感じ方は千差万別ながら、あなたの心は環境と相互作用を繰り返しながら成長していくことでしょう。
では、心はどうやって成長するのでしょうか?
「利き手ではない手」を使うテクニック
心の成長のしかたをお話する前に、とあるアラフォー男性のお話を読んでみてください。
某機械メーカーで部品の生産管理を担当している丸田さん(39歳)は、勤続15年のベテラン社員です。口数の少ない真面目な男性で、できあがった部品に欠陥がないか、決められた手順通り少しの狂いもなく精査してきました。そのていねいな仕事ぶりが認められ、このたび生産管理部の係長に昇格しました。本来なら喜ぶべきところですが、丸田さんは少し困っているようです。というのも、仕事はできるけれど大人しいタイプの彼は、5人の若い部下たちに指示を出したり、叱ったりするのがどうも苦手だからです。仕事の手順を説明しても、きちんと理解してもらえず、先日は危うくミスが起こりそうになり、丸田さんは部下たちに怒りをぶつけてしまいました。
考えてみれば、これまで丸田さんは、一人で黙々と機械や部品に向き合う時間がほとんどでした。それが係長になると、部下の勤怠管理や教育を任されるようになりました。手順通り進めていけばよい仕事とは、まったく違う能力を求められるのです。隣の部署の清水係長は、ざっくばらんな陽気な性格で部下たちとも折にふれてコミュニケーションを図っています。部下たちからの信頼もあり、清水さんのもとには、大きなミスが起こる前に問題報告が挙がってくるようです。
自分も清水係長のように陽気になれば仕事もうまくいくかもしれない。そう考えた丸田さんは、部下の一人にいつもは言わない冗談を言って、ドン引きされてしまいました。果たして、丸田さんの悩みは解決するのでしょうか。
新しい環境に置かれて、これまでの自分の能力が発揮できない丸田さんのような方は少なくないかと思います。というのも、心には使いなれている「利き手」のようなクセがあるからです。利き手にあたる心の機能は、幼い頃から使い慣れているため上手に操ることができるのですが、利き手ではない心の機能は、大人になっても発達していない場合があり、いざ使おうと思ってもうまくいかないのです。
うまくいかないからといって落ち込む必要はありません。利き手ではないほうの手を使って字を書くとき、初めのうちはうまく書けなくても、練習を重ねていけばそれなりにうまくなるものです。心も同様に、苦手な機能を使っていけば、徐々に発達していきます。大事なのは、自分自身が苦手とする心理機能を知り、意識して使うことです。
では、苦手な心理機能を知るには、どうすればいいのでしょう。
得意な機能と苦手な機能を知る
話はユングのに戻ります。彼は、心の機能を以下の4つの指向に分けて考えました。
- エネルギーの方向 外向(E) ⇔ 内向(I)
- ものの見方 感覚(S) ⇔ 直感(N)
- 判断のしかた 思考(T) ⇔ 感情(F)
- 外界との接し方 判断(J) ⇔ 知覚(P)
この指向を使って考えると、丸田さんは、自分の内側に関心を向ける内向指向、さらに目の前の情報を受け取る感覚指向、なおかつ論理的なものの見方をする思考型で、ものごとを決定することを好む判断型です。
これらの特徴を16種類の性格診断では4つのアルファベットでISTJと表します。
ISTJは外向思考をともなう内向感覚タイプです。
なんだそれは? と思う方のためにもう少し具体的にいうと、事実に即した情報を好み、その情報を論理的、客観的に分析する合理主義者です。ものごとを現実のままに捉えるのは得意ですが、現実の裏に隠れた意味や人の感情を察するのが少し苦手かもしれません。
- 得意な心理機能…内向感覚 事実に即した情報を好む
- 苦手な心理機能…外向感情 人の感情を察するのが苦手
丸田さんは清水さんのマネではなく、自分なりの方法で5人の部下たちとにコミュニケーションを図るようにしました。これまでは、上から下に指示を伝えるだけでしたが、どうすれば指示がスムーズにできるか意見を求め、部下たちの疑問点にも耳を傾けました。単に仕事の手順に関することだけでなく、待遇や人間関係に関する不満も聞くようにしました。
苦手な外向感情機能を使って、人の気持ちを汲むようになったのです。
そうやって意見を交換していくなかで、5人の部下たちの間に仕事のやり方に対する意見の対立があることに気づきました。この対立のためにミスが起こりそうになっていたのだと。
ここからは丸田さん得意の分野。部下たちの対立という現実を論理的、客観的に分析し、上司に待遇改善の必要性を理路整然と説明し、対立している部下たちの配置換えを実行しました。その結果、部下たちの指揮はあがり、丸田さんに対する評価は、「仕事はできるけど冷たい上司」から「自分たちの言い分を冷静に解決してくれる上司」に変わりました。さらに信頼されることで、大きなミスが起こる前に部下たちから丸田さんへ、報告が上がるようになりました。
現実はこのようにうまくいくかはわかりません。苦手機能を使うわけですから、試行錯誤の末に成功すればラッキー!と思っていたほうがよいかもしれません。
しかし、苦手を苦手と意識できるか、できないかでは、人生の充実度に大きな違いがあります。
克服するのは難しくてもただ気づいてさえいれば、「自分らしくありたい」という無意識の願いのもと心は成長しようとします。
丸田さんの場合、自分の苦手な心理機能を意識していませんでしたが、自分の苦手を得意とする清水さんのマネをすることで、いつの間にか苦手を克服していました。しかも清水さんの亜流ではありません。論理的に問題を分析して対処するという自分らしさを発揮して問題を解決することができるようになったのです。
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